「しっかたないなぁ、拓ちん代打で出てくれる?」
監督兼キャプテンを務めている加川健介からの命令だ。
「あ、放送部!長田聡史の代打で弐岡拓也ね!!」
ネクストバッターサークルの津田彰吾。
「頼むよ、拓ちん!!」
酒井正輝。
「俺の変わりにしっかりな~」
長田聡史。
「弐岡くん頑張れ~!!」
村崎歩美、芳崎里香、登川翔子。
今日は学校の球技大会の日だ。俺、弐岡拓也はソフトボールに出場している。が、スタメンではなく、代打での出場なのだ。
代打の理由?みんなが俺より上手いからに決まってるだろ。
まぁとにかく。今D組は5-2でA組で負けてるわけ。そこで調子の悪い長田聡史の代わりに、俺がバッターボックスに立つ事になったわけ。さっきのF組との試合で俺はそこそこの成績を出したからね。
「プレイ!」
審判をやっているのは、手の空いている野球部の二年。正直、名前も顔も全く知らない。
そして相手ピッチャーは野球部所属の相川高次(あいかわ こうじ)。一年の時同じクラスだったけど、今じゃ全く交流はなし。
そんな相川との対決。
ワンナウト、ランナー二、三塁。俺の後ろには今日絶好調で野球経験者の津田彰吾。
相川が振りかぶって、一球。
「ストライク!」
審判の声が響く。
速い。ベンチで見てたより、速い。よくこんなのが打てるよなぁ。加川に津田彰吾、ユークンに黒木君も。
「ストライク!」
そんな事を考えていたら、二球目も投げられてしまった。よりによってストライク。ツーナッシングだ。
「弐岡くん!ガンバー!!」
そんな女子の声援が虚しい。たぶん、相川から打てないから。
「歩美も応援してるぞー!弐岡くん!!」
百瀬美咲。
・・・え?
バッターボックスから足を外す。
「ほら、歩美。もっと応援しなって!」
そんなやりとりがベンチの方から聞こえる。
歩美って、村崎歩美さん!?
村崎さんが、俺の事を応援してる!?
村崎歩美さんは、クラスでも人気の高い女子だ。派手さは無いけど、凄く可愛い。ヤマトナデシコって言うのかな?そんなタイプの女の子。他のクラスにもファンが存在するくらいの人気者・・・そんな村崎さんが、俺を応援!?
「弐岡くん!!」
声を上げて、応援してくれている、村崎歩美さん。お、俺、絶対に打たなきゃダメだよな!?津田彰吾なんかに、美味しい場面作っちゃダメだよな!?
そんな事を考えていたら、津田彰吾と目が合った。
「さっさと打てよ。村崎さん、拓の事が好きなのかもね」
本来なら怒りたい場面だが、緊張の所為か、顔がニヤケテきているのが自分でもわかる。冷静なのかテンパってるのか。よくわからないな。
バッターボックスに戻り、足場を固め、息を整える。
このチャンス、モノにしなきゃな。
「ボール。フォア」
ストライクをファールで粘り(当てる度に歓声?が聞こえたのは嬉しかったな)、いい球を待ったのだが、フォアボールになっていた。ベンチからは「おお~」と聞こえていたが、俺としてはちょっと納得いかないよな。ヒットが欲しかった・・・
そして津田彰吾がバッターボックスに入る。
「津田~打たなきゃ昼飯抜きだぞー」加川。
「津田くん、罰ゲームわかってるよね?」酒井くん。
「彰吾、打てなきゃ昼飯おごれよ!」ユークン。
「津田くんガンバー!!」百瀬さん達。特に登川さん・・・
ちょっとしかめっ面な津田彰吾。でも顔は笑っている。
恋人、登川翔子さんの前で緊張は無いのかな?
結局、津田彰吾がホームランを放ち、守護神ユークンが三振を三つも奪ってこの試合には勝った。
放課後、津田彰吾のホームランの話になり、「バーカ、彼女の前で恥ずかしいカッコが出来るかっての!」の一言で今まで隠していた登川翔子との交際を認める発言になってしまった。もっとも、二人共そろそろ言うつもりだったらしい。
そんな津田彰吾を尻目にベランダで黄昏ていたら、村崎歩美さんがこっちにやってきたではないか!
「弐岡くん、お疲れ様!」
笑顔で一言。
「弐岡君も打ててれば人気者になれたかもね」
そう言って、視線をグラウンドに向ける。
「でも俺は彼女とかいないから、津田彰吾みたいには盛り上れないよ」
「弐岡くん、彼女いないんだ」
「うん。いないよ・・・」
やばい。空気、悪くなったかも。
しかし、村崎歩美が切り出した。
「あのさ・・・こ」
「歩美ー!!」
芳崎里香が村崎さんを呼ぶ。
「ゴメン、またね」
少し、寂しかった。が、
「夏休みになったら、一緒に、遊ぼうね?」
振り向きざまに一言。
男って単純なものだ。可愛い子にそんな事を言われただけで、元気になれる。で、でも遊ぶ約束した事になったんだよなぁ?これって・・・
再び黄昏る。
村崎さん・・・かぁ。もしかして、俺の事好きなのかなぁ。
「拓ちん!カラオケ行くよ!!」
いつものような酒井正輝の誘いに「おうよ!!」と返事をする。
そして、そんなわけないよなぁ、と心の中でため息をついた。
いつものメンバーでのカラオケだったのだが、津田彰吾は誘わなかったらしい。てゆか、彼の目に入らないように教室から出てきた。
仁科信彦はさておき、あんな堂々と彼女宣言しているのが許せなかったみたいだ。酒井くん曰く、ある種の罰ゲームだとか。
ま、今の津田彰吾にはいいクスリだよな。
男の友情を疎かにするなって事だね。
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